なんかこの頃、世の中に変な事がいろいろ起き過ぎる気がする。
みなさん、こんにちは。SHOJIです。
いかがお過ごしでしょうか。
2026年、令和8年、午年。初日の出から、はや10日ほど経とうとしています。
さて、今年も気持ち新に、様々な希望を胸に各々がんばってまいりましょう。と、杓子定規な挨拶をしてみても何かすんなり入っていけないのは私だけでしょうか?
みなさんの個別な人生には、それぞれ違った目標や課題があると思います。まだ生まれて間もない赤ちゃん、小中学校の児童生徒、高校大学の学生諸君、社会人という名の職業を持つ方々、持たないけど社会を構成する専業主婦とか大人たち。年齢も生活環境も様々です。みんな、それなりに一生懸命生きているんだと思います。
そこで、ふと考えるわけです。
「人生」って、なんぞや・・・
「自分」ってなに?
「世界」ってどう?
だれもがぶち当たる
「人生」の諸問題。
さて、例えばあなたが病気になったとします。日本人の2人に1人がガンに罹ると言われている現代ですが、なればけっこうショックでしょう。お先真っ暗、気持ちは落ち込みますよね。いろいろ医療について調べて、すったもんだします。現代の医学の最先端治療を探すかもしれません。そして、死を宣告されたとします。
しかし、ここでもうひとつ別の観点があるとしたらどうでしょうか。それが「あの世」を基点にした考え方です。「霊的価値観」をベースにした物の見方です。そもそも人間って必ず死ぬんですよね。死なない人は今のところいません。だったら、死んだっていいじゃないか。この開き直りに「救い」があります。そこに宗教的真理が意味を持つわけです。「宗教」は、死を真正面から捉えているから効力があるんだと思います。だから「あの世」の存在を射程に入れない宗教は宗教ではありません。そこが学問・哲学・科学を通じた真理探究との違いです。
だから、この人生に対する疑問。なぜ、「生老病死」があるのか? なんでそれが苦しみを伴うのか? それに答えるには、「霊的価値観」が必要になってくる。この世とあの世の関係、肉体と霊(魂・心)に対する認識。これがキーポイントになる。結論としては、本当の世界はあの世で、人間は霊的存在が本体で、霊が肉体に宿り一定の時間過ごすのがこの世で、その一生は本体である魂を様々な経験を通じて磨き生かす事によって、霊としての霊格(認識力・悟り)を向上させる目的を持っている。ゆえにこの世は、魂の学習と修行の場。それだから、いろいろな幸不幸、喜びもあれば悲しみもあり、楽しみと苦しみに直面するけど、そのどちらも経験としての「魂の糧」となっている。ってことかな。
ぼく自身、今、その人生の渦中なんで、まだ大した悟りもないけど、そういう世界観で世の中を見ている。この考え方の利点は、何が起ころうともまず客観視してみる習慣が大事だと思うようになった事。人間はどれをどこを一番中心に置いて考えるかで、その心の状態は変わってくる。「安心感」は人間の幸福にとっての元だと思う。「宗教」「信仰」は、その根本の立脚点が究極の存在である「神仏」に繋がっているから強い力に成り得るんだと念う。
「自己認識」って
何なんだろう?
みんなまず自分を認識するのは、自分の姿形だよね。それ以外だと声とか、匂いとか、まあだいたい肉体にまつわる事になる。だから、あんなにシェイプアップしたりトレーニングしたり化粧したり美容院行ったりするわけでしょ。ちょっとでもキレイに見られたい、カッコよくなりたいって思うわけで。その努力はすごいといえば凄いよね。でも、歳をとれば老けてくるし、芸能人でもモデルでも美貌は衰えてくる。だれでも美のピークはあるし、変化は否めないです。このルックスに関わる悩みって、完全には解決できない問題だと思う。でしょ、どう?
そこでまた、霊的観点から眺めてみるとこうなる。
あの世の世界では、この自己認識の違いによって、魂のレベルが現れていくようになる。肉体であった自己を超えた姿形に囚われない自己像を自分として認識できるようになるに従って、あの世の次元構造とともに、その存在も自由度が増して、人間意識から神仏意識へと近づいていく。「姿形なきエネルギー体」という本質になっていく。これが、要は「悟り」の世界の階梯と同義でもある。と言ってはみたけど、ぼく自身には、実態も実感もないけどねw。でもそれを知識として知ることで、人間的な自己認識がいかに肉体中心でそれ以外ないと思ってるところからの発想だということは、分かるようになった。
ということで、この自分というもんの本来の状態が霊としてのエネルギー体であり、現在目に見えるこの自分の姿は、肉体というこの世を生きるための乗り物だという事。この理解が腑に落ちれば、この肉体に付随する悩みにそれほど囚われなくて済むと感じている。さて、いかがでしょうか。
世界情勢を読み解くにも必要な「この世」とは別の価値観。
今、世界で起こってる問題に、国家間・民族・宗教の対立があります。それが発端で戦争や紛争になったりしています。これなんかは、利害と価値観の相違が主な理由だと思います。この世の知識を前提にしていろいろ判断する場合に、何が善か何が悪かを見極める材料が不足しているのではないか。実際、そこに「寛容」を受け入れる価値観があれば、もう少し世の中はつまらない争いを避けることができるのではないでしょうか。その寛容さがどこから来るのかと言えば、それが「あの世」的価値観を導入することだと思うのです。
例えば、イスラエル・ユダヤとアラブで、国家と民族の対立紛争が終わりません。ずうーっと両方の自己主張は治まりません。これなんかもこの世を立脚点とした宗教教義だけの価値観では、どちらも納得できないままでしょう。ここにも必要なのが、あの世的視点、「霊的秩序」を知ることが問題解決の糸口に成り得ると思うのです。幸福の科学・大川隆法氏は、世界の諸宗教をそれぞれに民族的価値として認めた上で、地球的規模の観点から、その責任と権能を持った役割としての存在を「エル・カンターレ」として示しました。この地球を司る最高神として、仏陀であり救世主である存在を全人類に提示したわけです。(人間の肉体を救えなくても人間の「魂」を救うのが本当の宗教です。よって、「救世主」とは、神仏の心を言葉に変えて、その「教え・法」を人類に伝え、メッセージによって人間の魂を救う者を指します。)
大川隆法氏の説く霊的価値観をこの世的価値観に含めた「仏法真理」は、この世の現況がこの世の価値観だけでは問題解決できない状況になっているからこそ、現れた「教え」だと考えます。なので、この教えは現代の時代要請に応じた、この世の世界を超えたあの世の世界から投じられた「言葉」だと認識しています。それをそうだと素直に受け取るか否かが、人類に問われているのだと感じます。この新な価値観を加えてトータルで、多種多様な国際問題に対処することが、この地球に住むみんなにとって、「福音」となるのなら良い事ですよね。
まあ、ここらへんでもうちょっと片意地張るのはやめませんか。せっかく「神仏」から預かったメッセージをこの21世紀の地球に生まれて法を説いたんですから、「エル・カンターレ」を信じてみてもいいんじゃないですか、ねえ、みなさん。むかし、「ねえ、ムーミン」ってアニメがあったけど、きっと、そう「神仏」も人間に語りかけている気がしますよ、ぼくは。これを素直に信じ、受け入れることができれば、この世の中は治まります。
こう言い切ると、「そんなもん、あんたがそう信じとるだけやろ」って反発してくる人もいるでしょう、たぶんw。でも、それを承知で、「ここに書いとるんだわ」「ほんなこと言ったって、実際、神さまやら仏さまって、根源まで遡ったら、だれかというか人間じゃない、秘密の存在を超えた存在があるはずだと思わんかな。ねえ、みなさん!」・・・知らんがな・・・ぼくはそう信じています。最期は、もう「勘」「直感」としか言えんけどね。
はい、ということで、ということなんです。後はみなさんの決心がすべてです。では今回はここまで。じゃあね!(つづく)
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